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承認欲求をなくす必要はない?強すぎる原因は?

元氣楽塾

自分は人に認められたい、認められないとダメなのかもしれない、というご相談を「自己対話セッション」で何度か受けました。

自己対話セッション
元氣楽塾スタッフの熊野です。 元氣楽塾のメニューとして、自己対話セッションを担当しています。 今回の記事では、このセッションについてのご説明を致します。 自己対話セッションとは? 子どもの頃から押し付けられた価値観やご自身に...

今回は、認められたいという「承認欲求」について書きます。

承認欲求とは

トランスパーソナル心理学の創設者でもある、アメリカの心理学者マズローが提唱している「マズローの欲求5段階説」というものがあります。

人は成長したいという欲求を持っている事を前提として、人の欲求を5つの段階に分けて考えたものです。

欲求は必ずしも下から順番に推移していくものではないという注釈があります。又、トランスパーソナル学会の解説によると、マズローはこの図で「自己実現しているひと」と「自己実現していない人」の2つのタイプに分けているという事だそうです。

承認欲求は下から4番目にある欲求で、

他者承認欲求:他人から認められたい欲求
自己承認欲求:自分で自分を認めたい欲求

の、2種類に分かれます。

承認欲求はなくさなくてもよい

承認欲求は、多かれ少なかれ誰もが持っているものです。

それに、自分で自分を認める為には、それ以前に人から認められ満たされている必要があります。

幼少期に親や周囲の人から認められ、自己肯定感が育まれていれば承認欲求の強さに苦しむ事はないかもしれません。

でも、貰えなかった物はもうしょうがないと諦めて、何らかの形で承認欲求を満たしていくのは悪い事ではありません。というより、心を楽で健全にしていくためには必要な過程にさえなります。

普通に考えても、人に認められれば嬉しいし、理解してもらえれば楽になります。必要とされればやる氣も生まれます。なので、自分は未熟なのでは?と氣に病む必要はありません。

ですが実際には、承認欲求によって心が苦しかったり、周囲に煙たがれる場合もあります。

問題となる承認欲求とは

強すぎる承認欲求

SNSで「いいね」の数を氣にしたり、人から好かれていないと不安で仕方がない等といった状態もこれにあたります。

強すぎる事で起こる問題として、承認されるために自己犠牲を強いてしまう事です。

SNSで映える写真を撮るために、生活がそれ中心になってしまう事があります。

人に好かれようと思って、嫌な事を我慢したり、断らなかったり、無理して振舞ったりして疲れ果ててしまう場合も多くあります。

強すぎる承認欲求の解決策

何が満たされていないからこのような状態になっているのか、その原因を知る事です。承認欲求に見えて、「所属と愛の欲求」の場合もあり得ます。

承認されている状態でいなければいけない、という思い込みが原因の場合もあります。

例えば幼少期に、「皆に慕われたり、褒められている状態でないあなたはダメだ」という条件付きの愛を与えられたとします。

それによって常に皆に認められていないと不安な氣持ちになっているのならば、それは皆に認められたいという承認欲求とは少し違います。

親(もしくは心の中で作り出した愛情深い親)に認められたいから起こっている欲求になります。

何にせよ、人の評価が依存だったり不安の元になり、心に大きな問題を起こすのは健全な状態ではありません。

承認欲求と自覚しないもの

人に喜んで欲しい、言い換えれば人から承認して欲しいが為にした行動なのに、それを認められない場合があります。

仕事で、誰がやってもいいような雑用をしたとします。

備品を整理したりかもしれませんし、ポットにお湯を満たす事かもしれません。

100%人からの評価を求めるものではないでしょうが、その要素も入っていたとします。それについて

「いつもありがとう」とか
「氣が利くね」

などと評価されればいい氣分になります。

全く評価されなかったり、やって当然と言う態度を取られると、不満が生じます。欠乏した欲求が満たされないのだから当然と言えば当然です。

これが承認欲求と自覚していた場合ならば、評価してくれる事を求めるなり、評価してくれないならやらないという選択肢が持てます。

ですが、自覚していないと歪んだ形で不満が出てきます。

「お礼を言わないとか、人としてどうかと思う」
「こんな事ではこの会社の未来も知れている」

などと、相手が悪く、自分が被害者のように思い込んでしまう事もあります。

だからと言って、「別にしなくてもいい」と言われると、物凄く腹立たしかったり、悲しい氣持ちになるはずです。

褒めて欲しい、認めて欲しいと思いながら人の役に立つような事をするのは、悪い事ではありません。ただ、それに対し自覚がなければ、有難迷惑になったり善意の押し付けにも成り得ます。

その人の為にと思ってやった事でも、相手はそれを望んでいない場合もあります。それを知った時に、承認欲求という自覚があれば、別の方法で喜んでもらおうと考えます。もしくは、その人に対しては単にそれをしないという選択もあります。

自覚がなければ、ただの怒りや悲しみになります。相手の望んでいない事を怒りながらやり続けるか、今までやってきた必要な事までもしなくなります。

感謝しない相手が悪い、という理屈からです。

承認欲求と自覚しないものについての解決法

褒めて欲しい、認めてほしいという事は、別に悪い事ではありません。

その事を踏まえた上で、自分は承認欲求に基づいて行動している部分に関して認める事です。

まとめ

繰り返してしまいますが、承認欲求は誰もが持ちえる欲求です。

それが、心の別の問題を満たそうとするが為に強い承認欲求を持ってしまったり、自覚が無いために正義を振りかざしてしまえば、「うざい承認欲求」になります。

承認欲求をそのような歪んだ形で持ってしまうと、本人も苦しい、辛い思いをします。

承認欲求に対し不安や苦しみがある方は、原因を探してみてください。

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