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町田樹さんは解説も凄い!フィギアスケート感想

感覚・感想

過去に町田樹さんのBasil’s Gloryについて感想を書いた記事を加筆修正したものです。

私の共感覚で見える町田樹さん

デグーと猫の飼い主の「共感覚」の話
 共感覚とは 言葉に色が見えるなど、1つの感覚(言葉→聴覚)に対し別の感覚(見える→聴覚)までもが同時に作用する感覚の事を指します。 哺乳類に共通した感覚であり、人間も幼少時には誰もが持っていた物で、大人になった状態ではその感覚を認...

この記事で、共感覚の例として町田さんの背中に翼が生えたように見えたという話を書いた事があります。

火の鳥のプログラムを見て「翼が生えている」ならイメージなのかもですが、TVを付けた瞬間翼が生えた背中が見えたわけなので、町田さんの発するものやイメージが具現化して見えたという事だと思います。

私の場合ですが、共感覚で見えるものは現実で見えるよりも基本的に「薄い」ので区別が容易につきます。

ですが、あの時の翼レベルの見え方は現実と区別がつかないほどの物です。「背中に本物の翼が生えたフィギアスケート選手はいなかったはず」という知識によって、共感覚で見えている物だと判断出来たくらいです。

なので例えば(あくまでも例えば、です)その時表現されたものが

「包帯で全身真っ白な人」

だったら、町田さんの衣装が上から下まで包帯を巻いたように見えたかもしれません。それを共感覚で見えたものと気が付かずに

「おお、斬新な衣装だなー、滑りにくくないのかなー」と思った可能性もあります。

町田さんは送信型か受信型か?

送信を得意とする人と、受信を得意とする人の、2通りに氣の発し方を分けて考える事が出来ます。

送信型=行動型であり・逆エンパスの傾向があります
受信型=感覚型であり、エンパスの傾向があります

「行動型と感覚(思考)型」という分類
エンパス・逆エンパスの違いは気の使い方です

町田さんは、送信型です。これは断言出来ます。

例えば火の鳥で見えた翼は、受信型が曲やイメージと同化して発したものではなく、町田さんそのものが火の鳥と化したからこそ見えたものです。

町田さんの演技を観ると、元氣になったり氣持ちが前向きになる方は多いと思います。それは送信型の町田さんが良い氣を発してくれているので、それを受取った結果でもあります。

あれだけ感受性が高く、感覚と思考に優れた人なのに感覚型ではないの?と思われる方もいらっしゃると思います。

ですが、言い換えれば、送信型(行動型・逆エンパス)にもかかわらず、あれほどの感受性と思考能力を持たれているという事で、それを考えても町田さんの才能の凄さが分かります。

Basil’s Gloryを観た感想

Youtubeの検索で、当時検索表示の一番上にあった

PIW横浜2017 町田樹 Don Quixote Gala 2017:Basil’s Glory

というタイトルのものの感想です。

観た瞬間、すごーい、人間じゃない!(褒めています)と思ってしまいました。

エネルギーの線がが町田さんの後を付いてまわっている。上に下に動きが軽くうねりながら波打っている感じです。

ジャンプがシャンパンの栓が飛び出るようなポンッといきなり来る感じで、観ていると気持ち良くて脳汁が出てきます。

1:00あたりからは特に、町田さんがリズムに合わせているのではなく、リズムを完全に従えていますね。これが「音を自分の物にする」という事なのかと嬉しくなります。

この映像での2:00から曲が変わる所

その2:10あたりからの数秒間、動きや地面からの立つ角度、足と手と体の軸のリズムを見た瞬間に感情が強く動きました。

あの部分に、町田さんの演技への気持ちやこれまでの人生への歩みが、(私が言葉で表現できる物ではありませんが)それが集約されているように見えました。

それと6:20あたりからの、観客の拍手と共に飛び跳ねるような演技

第九のプログラムの時にも感じていたのですが、町田さんの

「この世の全てという自分自身」と「大きなステージで物理的に小さな自分」

の2つを同時に絶妙に表現されるあの感性、めちゃくちゃ好きだなーと思いました。

(第九の時には、手塚治虫さんのアニメで見た事がある、飛び跳ねて踊るシルエットの人間とかなりイメージが重なりました)

この映像での音楽の波と町田さんの動きが(微妙にですが)違うように見える部分があって、何でだろう?と思いました。ですが、それは町田さんが音楽と同時にその時の観客の拍手の音の波を泳いで(もしくは戯れて)いるからというのがすぐ解りました。こういうのって、表現力も凄ければ感受性も高くないと出来ない事なので、やはりさすがです。

ただ、その場での生の拍手の音の波と、映像での音から見える音の波が違うので、町田さんの動きを見て拍手の音の波を予想するという見方になってしまいますね。

ロバートキーガン発達段階5

ロバート・キーガンの成人発達理論と器量

発達心理学という、人間の一生においての心身の発達の過程を心理学ベースで研究しているものがあります。

その中の1つに、ロバートキーガンの発達段階というものがあります。

上のリンクの記事にも書いてある通り、成人の発達段階は2~5の段階があります。最終である発達段階5は、成人の1%という精神性の高いものですが、町田さんは芸術性において、この5の段階だと推測されます。

「この世の全てという自分自身」と「大きなステージで物理的に小さな自分」

自分自身について、この2つを同時に理解しているのは、5の特徴でもあるからです。

町田樹さんは共感覚を持っておられるのか?

町田さんには共感覚があるらしいという噂?を知り、その時に思ったのは、持っていてもおかしくはないという事でした。

私は町田さんが共感覚を持っておられるのかはわかりません。ですが、以下の2つの考えにより「持っていると推測できる」という意見です。

演技中はもちろん解説中も映像イメージを強く持っている

「大きなステージで物理的に小さな自分」というのは、町田さんのイメージがエンパスである私にもそのまま流れ込んできたものと思われます。

カメラワークもご本人が決められているようで、そのようなイメージが来るときは、映像もそのような場合が多いです。だからと言って、町田さんが画面に小さく映っているから小さいと言っているわけでなく、そのイメージの表現が伝わってきています。

「継ぐ者」では、金の雫の糸が手から滴り落ちるのが見えていて、これはイメージが見えているのかCGとかでそういう演出をされているのかわからずに、しばらく悩んでいました。

しまいには町田さんのYOUTUBEリンクを送って、これは私にはこのように見えるけれど実際はどうなのか?とか人に聞かないとわからない程です( 「そこに音楽がある限り」で、浮いて滑っているように見えるけれどどうなのかと聞きました。ライトによって、これは実際にそう見えるそうです)

ここまで観ている側にまで映像が伝わっているという事は、ご本人がその映像を何か別の物から感じている可能性もあります。

解説時に、たとえば「これは花びらを表現していて…」という説明をされている時は、本当に大きな花びらのイメージが伝わってきました。

これは毎回イメージを作り出しているのではなく、このような映像をも同時に感覚として発しているのかとも考えられます。

共感覚は ある/なし で分類出来ない

世の中には、共感覚がある人とない人の2つに分けられるものではありません。基本的には大なり小なり皆が持っているものです。

自覚出来ない程度ならばない、自覚出来る程強いものであればあるといっているに過ぎません。その中間なら、共感覚らしきものを感じないでもないけれど…といった感じになると思います。

私の場合は、幼少の頃にあまり目が見えなかった事からそれを聴覚で補うために、自覚出来るほどに残った感じです。

正常に感覚が分かれたとしても、自分の感覚を深く探り正確に感じる事が出来るならば、多少は残っていた共感覚の部分もしっかり感じられるはずです。

町田さんは、常に深い所で感覚を精査検討されている方なので、共感覚を自覚出来ている可能性は普通にあります。

町田さんの解説で特に感動した事

宇野昌磨選手についての解説で

「音楽の内面等を表現しているのではなく、音そのものを表現している」

というものです。

それまで私は、宇野昌磨選手について掴み切れていないというか、謎な感覚だなーと思っていました。(ファンの方すみません)

これを聞いた時に、それだーー!!って思いました。

このような事があっさり言語化出来てしまう所がまた、町田さんの凄さと思います。

まとめ

「そこに音楽がある限り」「人間の条件」この2つを最後に観客に贈ってくれて、氷上を去られました。町田さんの演技とこの言葉を胸に(第4チャクラに)抱いて生きて行きたいです。

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